最終バス乗り過ごしたあとに。

アラフォー音楽家が書く雑多なブログ。

Fantôme/宇多田ヒカル

 

(2018.5.5 updated)

 

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2016年にリリースされた宇多田ヒカルの(UTADA名義の海外版も含めると)8作目にあたる復帰作。今作はカットも含め初のシングルCD発売無発売。時代の流れとは言え復帰ということでの話題性もあるし先行配信された2曲(「花束を君に」と「真夏の通り雨」)はシングルCDとして出すと思っていたので意外だった。

しかし考えてみれば活動休止直前のベスト+ミニアルバムの時から新曲の数曲は先行配信はしていたけどシングルCDとしてはリリースしなかったっけ。

 

アルバム全体を通して聴いた感想は先ず「地味だな」という印象。アップテンポな1曲目の「道」以外はスロー〜ミディアムテンポでアレンジも地味でメロウなものが多い。そんなアルバムが嫌なわけでは全然ないんだけど、アレンジというか音色自体も色彩がなくて正にアルバムジャケットが示す通りモノクロな感じが支配している。明るめな曲もあるんだけどアレンジや音色や丸っこい感じのミックスの音のせいかやっぱり地味目。このアルバムが亡き母に捧げるとして制作されたものらしいからそれはそれで納得出来るんだけど、以前のように多彩な色があるようなサウンドが聴きたかったなぁ、と。

 

という事で曲レビューをします。

 

 

1.道

 

宇多田ヒカルのアルバムオープニングらしい曲。それまでも彼女のアルバムの1曲目はアッパーチューンが定番(前作のHEART STATIONはFight The Blues、ULTRA BLUEはThis Is Love、など)でその定石から外れていない。というかこのアルバム全体を通しても唯一のアッパーチューン(故に物足りなさも感じる)。

休符を多用して少しつんのめるようなリズムのイントロから始まり、そのサンバのようなリズムがBメロまで続いた後、サビではそのリズムがメロディと相まって爆発するように盛り上がっていく。が、サビでも「わ、たしの/こ、ころの〜」と拍頭から効果的に休符を多用し(このような休符を使って歌詞をぶつ切りに歌う手法はデビュー曲であるAutomaticから健在)、後半では「It's loney,It's lonely,It's lonely...」と呪文のように繰り返されるのが相対的な効果を生んでいる。

 

2.俺の彼女

次曲では一転、Am/G/F/Emと下降していくジャジーなベースが印象的に響く大人っぽい曲。歌詞の内容はヴァースで見栄を張る男とコーラス部ではそれに釣り合うように努める彼女の気持ちが歌われている。だけど段々それは互いに無理をしていると歌われ、最後のコーラス部ではドラムとストリングスが加わった混沌としたサウンドスケープの中「ちゃんと分かり合いたい」と歌われる(フランス語の部分は分からないので省きます)。もっと分かり合いたいと願う彼女に対し、「俺には夢がない〜いつしか飽きるだろうつまらない俺に」と諦めを吐く彼氏。この後この二人がどうなったか気になります。

 

3.花束を君に

 

 

アルバムに先攻して発表された2曲の内の1曲。NHKドラマの主題歌や復帰の話題もあって至るところからこの曲が聴こえていました。アルバムが出るまではと思って自分から進んで聴かなかったけど、それでも1コーラス歌える程流れまくってましたね。

その先攻発表された2曲は直ぐに亡き母親を歌った曲だと分かるような内容になっていて、片方はミディアムのバラード的な曲だから割りとストレートだけどもこの曲はホ長調の明るめな曲調だし、歌詞の内容からも時間が経って前向きに母の死を捉えてるのかなという印象です。アレンジもストリングとバンドサウンドを使ったシンプルなもの。「どんな言葉並べても」のとこのメロディがGm#からG#になるところが個人的には好きです。

 

4.2時間だけのバカンス

 

 

 

アルバム発売の直前に発表された椎名林檎との共演も話題になった曲。デビュー時にEMIガールズとしてステージで共演しつつ、椎名林檎のカバーアルバム(唄い手冥利/02)で「I won't last a day without you」のカバーでもデュエット経験済みとは言えオリジナル曲での共演はこれが初。MVは百合っぽい雰囲気も話題になりましたね。近年のMVにしてはお金かかってるなって印象。曲は...普通ですね。うーん。

 

5.人魚

ハープのアルペジオが綺麗な曲。アレンジ次第ではR&B/Soulの曲にもなりそうな感じがします。アレンジと言えばこの曲が面白いのは演奏がハープとドラムのみなんですよね。そう、ベースが入ってないんです。彼女の歌でベースがない曲と言えば他にもStay Gold(08年/HEART STATIONのB面、同名のアルバムにも収録)もあるので珍しくはないっちゃそうなんだけど、向こうはピアノや打ち込みリズムの低音があるから「もしかしてちょっと入ってる?」くらいの錯覚になるけどこの曲は終止音が軽いんです。構成もシンプルな分、普通はベース入れたくなりそうなところを、というかこの世にあるポップソングの殆どにはペースがはいっていないのは中々ないぐらいで(ベースレスのポップソングで他に有名なのはプリンスぐらいだと思う...多分)、ある意味実験的っちゃ実験的。この人結構こんな面白い事をしてくれます。

 

6.ともだち  with 小袋成彬

全曲から一転、アコギのフレーズにベースが動き回る曲。途中からホーンも加わり、サビではホーンが小袋成彬のコーラスと共にメロディを彩ります。この曲の面白いなと思ったところは2番で「胸の内を明かせたなら/いやそれは無理」の「いや」のところで、ほんとに「いやいや...」って感じで歌うところ。聴いててちょっと笑っちゃいました。この曲の最大の話題は歌詞でしょうね。同性愛的な内容でちょっと屈折したラブソング風。屈折したというのはあくまで「普遍的な」リスナーの感覚で、その反対側にいる同性愛者からしたらこの歌詞こそが「普遍的」。そしてちょっとエグかったりもするけどそれがリアリティだったり。色々言われてる事だけど日本のトップシンガーがこういう内容を歌うのも時代なのかなって感じます。

 

7.真夏の通り雨

 

 

先攻で発売された2曲の内のもう片方の曲。Dm#のピアノの響きから始まるこの曲はなんと言っても歌詞が素晴らしい。DEEP RIVERを思い起こすようなちょっと堅い言葉に豊かな言葉の表現。「花束を君に」が前を向いて別れを想う曲ならばこちらはその逆というかまだその悲しみの渦中で歌われているように言葉が紡がれている。

 

「勝てぬ戦に息切らし/あなたに身を焦がした日々

 忘れちゃったら私じゃなくなる/教えて正しいサヨナラの仕方を」

 

辛い過去さえも今の自分を形成しているものでありそれを否定したくても、そうしてしまったら今の自分さえも否定する事になるジレンマにどうして良いのかと問うているように自分には響いたし、

 

「夢の途中で目を覚まし/瞼閉じてももう戻れない」

「思い出たちがふいに私を乱暴に掴んで離さない」

 

戻れない過去や喪失感がこの歌全体を支配しているけれど最後に

 

「さっきまであなたがいた未来/たずねて明日へ」

 

と少し前を向いて終わるのが救いになっている気がする。そしてアウトロのコーラスが「ずっと止まない雨/ずっと癒えない渇き」と前を向いた後の余韻を響かせている。

この曲はこのアルバムでは唯一ドラムが加わっていないのも特徴的。

 

8.荒野の狼

少しUTADA名義の"poppin’“に近い印象を受けた曲。でもサビは激し目。今回のアルバムはハンドクラップとかそれに近い軽めな打ち込みの音が多い。

 

9.忘却 feat.KOHH

 

 

それまでの彼女のアルバムにあったインストのInterlude的な役割をしている曲(前作で言えばGentle Beast Interlude、全前作でのEclipseにあたる)。リズムもなくシンセの白玉系の音と共に心臓の鼓動音が印象的なデカダンスっぽいアンビエントチックなこの曲では初のラッパーとのコラボレーション。ラッパーとの共演とは言えブラックミュージック的なそれではなく、アンビエントチックなトラックのせいで実験的に響く。

 

 

10.人生最高の日

いきなりサビから始まる(桜流しをボーナストラックと捉えれば)ラストの曲。前作の「虹色バス」、その前の「Passion」とか毎アルバムのラストトラックは好きな曲多かったけど今回はあっさりしててちょっと肩透かしを食らった感じ。プレイタイムも3分10秒とアルバム中最短。コード進行も一小節ずつF→Gm→C→Fと単調でサビとAメロは基本同じ。でもただ繰り返すんじゃなくて2回目はDm→B♭→C→Fとテンションコードにしたり、テンションを戻したりして微妙に変化させてる(じゃないと相当ぺったりとした響きになる)。Bメロはそれに近い流れで半拍ずつ進行し、Aメロ/サビのFに対しDmとマイナーからの響きにしてここも変化をつけてる(このBメロはメロも含めて好き)。それにしてもあっけない曲。

 

11.桜流し

 

 

最後は活動休止中の2012年にエヴァンゲリオンのために書き下ろされた桜流し。制作時期も違うしちょっとボーナストラック的な感じ。しかし偶然とは言え前記したようにこのアルバムが「亡き母へ捧ぐ」というテーマから外れていないところが凄い。というのも実際にはエヴァンゲリオンの世界観を通して作詞されたものだし、それにこの曲が発表された時点では母親の藤圭子は存命だったんだけど、

 

「もし今の私を見れたならどう思うでしょう」

「あなたなしで生きている私を」

 

「もう2度逢えないなんて信じられない」

「まだ何も伝えてない」

 

まるで亡くなる事を予期して書いたように聴こえるのは...

かつて鬼束ちひろがinfectionという曲を発表した直後にアメリカで9.11の事件が起こり「9.11を予見して書いたような云々」と言われた事に対し、「書いた歌詞が実際現実に成るってのはよくあることだから別に驚かなかった」と本人が言っていたけど、何か書き手の勘と偶然が働いてそうなるのか、作品を書いた事によって実際にそうなってしまうのかは分からないけれど...。

この曲はちょっと構成が変則的で始めはピアノと共に歌われ、段々とストリングス(と薄く歪んだギター)が加わり、後半は徐々にドラムが入ってくるんだけどこのドラムのリズムの取り方が少し変わっている。ちょっともたりつつリズムを刻むというよりは歌を盛り上げるための装飾的な役割に回っている感じ。

 

全体を通して聴いてみると作曲家、歌い手として年を重ねて成熟しつつある大人になった宇多田ヒカルという感じ。今作は特に派手なアレンジもなく全体的に尖った音もなく丸びで柔らかいメロウなサウンドだったけど、やっぱりもう少しカラフルに遊び心もあると良かったなぁ。

 

 

因みにこのアルバムは日本は勿論のこと、スロベニアフィンランド、アジア7カ国のiTunesチャートで1位を獲得、アメリカやカナダ、オーストラリアでは10位以内にランクインし、特にアメリカのiTunesチャートでは瞬間最高6位を記録。特に何の戦略もなく、しかもほぼ日本語で歌われたこの作品が、かつてUTADAとして向こうのマーケットを意識して作ったアルバム2作よりも国際的成功を収めた事実は皮肉ではある。確かにUTADAとしての1作目(Exodus/04年)の時期と比べるとアニメやファッションなどを中心に日本の文化や音楽が海外で受けたり(彼女自身キングダムハーツエヴァンゲリオンの主題歌を歌っているし)、YouTubeで気軽に過去の作品が聴けるようになった現在とでは全く比べ物にならないほど環境や状況が違うとは言え、本人やスタッフはもとより我々日本人ですら予想外の海外のリアクションに凄さを感じつつも、個人的には作品の内容だけに限れば何故海外で受けたのか謎なところではある。そして同時に過去の作品と比べて「ソングライターとしての実力はこんなもんじゃないのに」と歯痒さも感じてしまう。ともかくこの流れの結果は今年初夏に出る次作ではっきり現れる事になると思う。

 

 

初めてアルバム全曲レビューをしてみたけどかなり大変だった(汗。次のアルバムレビューはサクッと書いていこう(じゃないと時間がかかり過ぎて溜まってる記事が書けない汗)。