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最終バス乗り過ごしたあとに

アラフォーのおっさんが書くあれこれ。

Exodus /Utada (前編)

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ほくそ笑むDevil Inside

 

2004年にリリースされた宇多田ヒカル(Utada名義)のアメリカデビュー作。日本デビューそれ以前にもCubic U名義で全曲英詞でアーバンR&B/Soulのアルバムを出していたり、2001年にはネプチューンズによる”Blow my whistle”をジャッキーチェンの映画「Rush Hour 2」に提供したりと布石はあったし流れとしても当然の全米デビュー。2002年にアメリカのIslad Def Jamと契約するもそれから約2年以上かかってのリリースとなったのは自身の結婚や病気に加えレコード会社幹部の交代など大人の事情のゴタゴタに巻き込まれたのもあるらしい。

 

04年になると先ず日本武道館で5日間公演(ヒカルの5)とシングルベストを出した後、Utadaとしてオリンピックの公式サントラに(アルバムにも参加しているティンバランドの)”By your side”に初めてfeaturing参加した後、同年9月に日本先行で”Exodus”がリリースされた。「日本の歌姫の全米への挑戦」という期待もあり英詞、非J-pop調のアルバムにも関わらず初登場1位、ミリオンセラーを記録。

日本人というかアジア人が全米デビューする事には成功するか否かの前にアメリカのマーケット用にそれまでのスタイルを変えてアメリカナイズされた曲や表現の仕方に結構興味があって、さて宇多田ヒカルはどう勝負を挑んでくるのかと興味津々で聴いてみると…

「これは売れないだろうな…」が最初の印象だった。ティンバランドプロデュースのトラック以外は全て自分でプログラミングしたらしいのだけど地味で、それまでの宇多田ヒカル名義のアルバムですら完全に一人でトラックメイキングはした事ないはずなのにアメリカという未知のマーケットに挑むというタイミングで初めての事をよくレコード会社の人は許したなぁと訝しんだ。あとボーカルが弱い。アジア人という事でただでさえ細い声なのに特に苦しそうに出してる高音はキーキーしてて耳心地が良くない。あとPOPなのかR&BなのかDANCEなのかカテゴライズが曖昧。そのどれもが要素として含まれていはいるんだけどはっきりとせず中途半端。アメリカで勝負出来るようなボーカルでもなければ、踊りが上手いわけでもない、見た目も普通なアジア人で"Easy Breezy"のMVでは欧米人から見た典型的なケバいアジア人メイク…。恐らくアジア人は見た目が若いからメイクで大人っぽく見せようとしたのかもしれないけどあれはあまりにも酷かった。

訝しんでいた理由の一つにレコード会社は彼女を本気で売り出そうとはしてなかったと思う。アメリカで出す云々よりもとりあえずうちと契約してアルバム出せば日本だけでも良いセールスは得られるだろうくらいにしか狙ってなかったような。本人だって日本デビューからいきなりバカ売れしたから「私はそのままでいいのよ」と高を括っていたのかもしれない。ドリカムが全米進出して結果失敗した時も色々言ってたしね。あと歌詞のも個人的な事を抽象的に歌っていたり小難しい言葉使いだったりして分かりにくいかなとも感じた(Easy Breezyの”Japaneesy”やAbout Meの”something you’ve already chewed”など独特の言葉使い満載)。ネイティブが聴くとまた違って聞こえるのかもしれないけど、実際留学した時現地の人に聞いたら「こんな言い方はない」って言われた事あるし。単に韻を踏んだ言葉遊びなんだろうけどね。

 

と、冷静に分析すると酷評になってしまったけど個人的には好きなアルバムでトラックも中々面白いと思う。実際出てから数年は聴きまくっていたし、「R&Bを売りにした日本で一番売れた日本人の全米デビュー盤」って看板を外して普通にシンガーソングライターのデビュー作としてなら全然面白いアルバムだと思う。後に本人が「それなりにロック好きとか尖ってるのが好きな人達には受けた」とか「あのアルバムは結構実験的で…(中略)アングラなフォロワーが出来た」(※英語でのインタビューをから訳)と発言しているように「宇多田ヒカル」って名前を外せば素直に面白いねって言えると思う。

 

※それから約10年後にリリースされた復帰作「Fantôme」がiTunesチャートとは言え全日本語詞による日本マーケット向けの作品にも関わらずアメリカのiTunesチャートで3位をマークするという偉業を成し遂げる事になるのだがそれはこちらの記事を参照のこと↓

 

F#とFのみのミニマルなコード進行ながらAメロとサビでメリハリをつけて展開していく”Devil Inside”、ティンバランドらしい不思議なトラックが印象的な”Exodus’04”、”you’re easy breezy and I’m Japaneazy(あなたはイージーブリージーで私は尻軽な日本人)”と韻を踏んだ歌詞が問題となった”Easy Breezy”、売春をしていると思わしきリアリストな女性を客観的に見つめる”Hotel Lobby”、「あなたといると男になりたくなる」と分かり合えない男女の価値観の軋轢を歌う"You make me want to be a man”、今作のハイライトで唯一生のドラム演奏が使われている”Kuremlin Dusk”。

"Devil Inside"では琴に近いシンセの音色を使ったり、"Easy Breezy"では「Konnichiwa sayonara」と日本語を入れてみたりとオリエンタリズムというか遊び心を入れつつ、全体的には正攻法より斜めからのアプローチが多く、歌詞の内容や曲の音色も「ダーク」な印象が強い。

2年後日本でのツアー(UTADA UNITED 2006)ではこのアルバムから”Devil Inside”、”Kremlin Dusk”と”You make me want to be a man”の3曲が披露され、各曲とも今剛氏のギターが映えるバンドアレンジでシャウトやアドリブ風のスキャットも加わったライブバージョンはロック色が強調されているが「こういう曲調をフィーチャーしたアルバムでも良かったのでは?」と思うほどかっこよかった(ちなみにUtadaとしての初のUS/UK ツアーでもこの3曲は披露されている)。次作や宇多田ヒカルとしても近年はこういうダークで激しい曲を書かなくなっているのでまた書いて欲しいなと思うんだけどな。そう、最近の宇多田ヒカルに対して抱く物足りなさはこういう激しめのダークサイドがなくなってきているからだと感じる。

 


Devil Inside

 

結局このアルバムでは2枚のリミックスEPを出したのとリリース前に現地で小さな会場でお披露目ライブをしただけで特に大掛かりなプロモーションもせず終わってしまう(ミュージックステーションで披露した"Exodus’04”を除けば前記した3曲以外も後にも先にもライブなどで演奏される事もなかった)。翌年にイギリスでもジャケット違いでリリースされるもヒットせず。世間からは「失敗作」という烙印を押されてしまう結果となった。

ドリカム曰くアメリカのマーケットはとにかくデカ過ぎて人種や宗教など色んな壁や制約がありそんな場所で成功するのは途方も無く無謀な事で、そんな巨大なマーケットに何の勝算もなく挑んだのが違いだったのかもしれない。YouTubeが普及した現在、日本のカルチャーや音楽が一部に受け入れられているとは言えどそれは物珍しさの延長でしかないと思うし、本当の成功は向こうにしっかり基盤を置いて向こうの「音」や「歌」として鳴らさなければならないものだと思う。日本が基盤でその延長で向こうでもちょこっと受け入れられているよくらいで良いのならそれで良いのかもしれないけど。

 

後半へ続く。