にとむすの雑多なブログ

エッセイや音楽記事を中心に雑多に書いてるブログです。

逃げる月。

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今日は大阪は晴れ。だけどまだまだ風は冷たい。気付けば2月も今日で終わり。28日までしかないから早いのは当たり前かもだけど歳を取る度恐ろしいほど時間の経過の速さを痛感する。そう言えば1月2月3月は「行く月、逃げる月、去る月と言って経過が早い季節なのだよ」と小学3年の頃担任の先生が言っていたのをこの時期になると必ず思い出す。30年間忘れてないよ先生。

思い出したついでに小学3年の頃の先生の話でもう一つ覚えている事がある。ホームルームの時間か何かで「あなた達がもう少し大人になったら死ぬ事が怖いと感じて不安で泣いたりする時が来るかもしれないけどそれは誰にでもある事だから云々」と仰っていたけど、それを聞きながら「あー、それもう体験済みだ俺」とちょっと斜に構えた子供だった。

丁度小学3年のある夜、中々眠れなくて起きていたら祖父母に早く寝なさいと叱られた。渋々布団の中に入り「何故大人は夜は眠くないのに早く寝なさいと言うし、朝は眠たいのに起きなさいって言うんだろう」と愚痴っている内に色々考えが巡って「何故人は眠らないといけないんだろう」とか考え始め、それはやがて「何故自分は存在してるんだろう」まで発展した。「それは親が産んだからだな。じゃあ親は?祖父母がいるからか。じゃあその前は?」とルーツを辿っていくと「神様が人間を作ったんだな」って結論に至るが、次の瞬間「じゃあ神様は誰が作ったのかな?その前には何があったの?」と堂々巡り。結局自分の存在の始まりに答えが見つからず、同時に自分の存在があまりにも不確か過ぎて恐ろしくなった。そして更にその思考は続き、「始まりがあると終わりもあるなら死んだら何処へ行くの?分からないところから来てまた分からないところへ行ってしまうの?」と自分のキャパオーバーで混乱し、終いには布団の中で一人で泣いてしまった。

暫くすると泣き疲れてそのまま眠ってしまったのだけど、多分それが「死」について考えた最初の体験だった。でも子供だから学校へ行って友達と遊んだりテレビや漫画を読んだりしてる内にその夜の事を段々忘れてあまり考えなくなったけど、時々思い出してはまた怖くなって泣いたりしてた。

一人っ子だったから学校以外で同じ年頃の人間が周りにいなかったし、基本家では一人でいたから無駄に考える事が多い子供だったんだろう。あと物心つく前に両親も離婚して祖父母とまだ結婚前の叔母と暮らしていたので、親戚の子や学校の友達と自分の環境の違いというのも大きかったはず。「周りと自分は違う」というのが当たり前だったから「どうして?どうして?」と考える事は多かったと思う。

 

2月も今日で終わりって一言からここまで話が発展してしまった。またいずれこの話題は書こうと思う。今日はここまで。